深夜の発見






ネオンが明々と灯り、人足の途絶えない米花町。

もうすでに深夜に近い。
それでも今日はいつも以上に町はざわめいていた。




「あ〜あ、せっかくの非番なのに……」


しがない刑事、高木渉。
信号待ちを良い事に、運転している車のハンドルにもたれ掛かる。


「大体キッドは二課の担当だろ……」


ぶつぶつと一人愚痴る。




そう、この町のざわめきはすべてあの怪盗のせいなのだ。




とは言ってももちろん、一課である高木が捜査に加わっているわけではない。

例の気障な予告状が届いていようと、
財閥の秘蔵のルビーが狙われていようと、はっきり言って関係ない。

問題はその財閥が鈴木財閥だ、ということだ。





『おう、高木!なんかつまみ買ってこいよ〜』

そう自称名探偵に言われて早30分。
鈴木会長の依頼で、警護にあたっている毛利探偵に見つかったのが運の尽き。

すでに酔っぱらっているヤツは警備する気があるのだろうか。


もっとも中森警部が、そう簡単に指示をうけるとは思えないが。





混雑した道は報道陣やら、野次馬やらで溢れかえっていた。

「回り道するか……」


この混雑した道を行くよりも、ちょっと町中から離れた店に行く方が速いだろう。
高木は青になった信号を確認し、アクセルを踏んだ。











「やれやれ……。」

スーパーで買い物を終えた高木は、ため息をつきつつ車のキーを握る。
結局町はずれでやっと車を止める事が出来た。

ここからでは町の騒音も遠くに聞こえる。



閑静な住宅街というわけでもないが、辺りは静かだった。

目の前には緑豊かな森林公園がある。


暗闇に僅かな気味悪さを感じ、さっさと戻ろうと車に乗り込む。


バタンとドアを閉め何気なく外を見る。




すると何かが視界の端を横切った。




驚いてそちらを振り返ると確かに人影があった。


小さな、子供のような……。

その影はすぐに公園の中に消えていった。


一瞬の出来事に高木は唖然としていた。


もしも今の人影が子供であるなら、こんな時間に彷徨いているのは危険だ。

高木はもう一度外に出ると鍵を閉め、その公園の林を見る。
見間違えではない。



おそらく子供…しかも自分が知っているあの子供であるような気がした。



あの蒼い目をした鋭い子供。


高木は迷わず公園の中へ走っていった。









しばらく林を進むと拓けたところに出た。

ベンチや敷石がある事から、どうやらここが公園らしい。



追っていた影はすぐに見つける事が出来た。





彼はその公園の中心で一人佇んでいた。





とっさに木の陰に身を隠す。その行動に自分でも驚いた。
これはおそらく犯人を追っているときの癖だ。

自嘲気味な笑みを漏らすと、声を掛けるため少年を窺った。




しかし声を掛けるどころか、その場から一歩も動く事が出来なかった。




高木は驚きに目を丸くする。

ここからでは横顔しか見る事が出来ないが、
この月明かりでもその端正な顔立ちが窺われる。


眼鏡の奥の蒼い瞳が、月の灯りに照らされ不思議な色を宿す。
舞い散る木の葉も、木立の影もまるで全てが彼を際だたせてるようだ。

その不思議な情景に言葉を失っていた。




「出て来いよ」




それからどのくらいたっただろう。

唐突に彼から言葉が発され心臓が高鳴る。



自分に言っているのか。

普段からかけ離れた口調に驚きを隠せない。


本来の目的を忘れていた事に気が付き、苦笑と疑問が浮かぶ。

それでも少年の元へ行こうとすると、向こうでがさりと木が揺れる音がした。


明らかに風のせいではないその音に、反射的に身を隠す。




「やはり、お気づきでしたか」




聞き覚えのある口調にそちらを窺うと、樹の上に白い影があった。






怪盗キッド






そんな言葉が浮かんでくるが、驚きと緊張で声が出ない。

その輝くような出で立ちを見上げていると、その影は優雅な動作で地面へ着地した。





「お久しぶりです、名探偵」





キッドは膝をつき、静かにコナンの前に降り立った。
そのままコナンの右手を取り、手の甲にキスをする。

コナンは慣れた様子で、面倒くさそうにそれを眺めている。



高木は唖然とその光景を見つめていた。

姫に傅く中世の騎士を思わせる。
まるで、美術品でも眺めているような気分だ。

最高峰の絵画。




「いーから、さっさとルビーよこせよ」




そういってキッドの手を振り払い、そのままその手を突き出す。


「全く…せっかくの逢瀬なのですから、少しは雰囲気を大事にしてください」


キッドは渋々といった様子で、どこからともなく大粒のルビーを取り出した。
コナンはそれを受け取ろうとしたが、すぐにはルビーに触れなかった。

すっと手を伸ばし、キッドの胸ポケットからハンカチを取り出す。

ルビーをそれにくるむようにして受け取った。


「止めないのか?一応このハンカチも証拠品になるぜ?」


不適な笑みを浮かべ手の中でルビーを弄ぶ。


「かまいませんよ、貴方のためでしたら」


命さえも惜しくはありませんから、と続ける怪盗にコナンはいささか不満そうだった。


高木は声どころか微動だにする事も出来ない。
ただその不可思議な様子を食い入るように見つめていた。





世紀の大怪盗と幼い子供





誰が考えても異様な取り合わせだが、これ以上ないほど美しいと思った。


「俺はお前の命をもらっても嬉しくないぜ」


コナンはそう言い放つとルビーを月の光に透かした。
のぞき込むように、ルビーを見る。

「ハズレですよ」

キッドは相変わらず跪いたままだ。

「みたいだな」

コナンはさっとルビーをポケットに仕舞う。



呪文めいたそのやりとりに高木は不安を覚えた。

なぜあの子のような子供がキッドとという思いと、
あの二人が共にいる事がまるで違和感がない事だという思いがあった。




「ここに来ていただけたということは、少しはあの暗号を気に入っていただけたということですか?」

キッドは口元に薄く笑みを浮かべ立ち上がった。

「ああ、まぁな」

コナンもそれに負けないほどの不適な笑みをこぼす。

「しかし、白馬がいないんじゃ中森警部には酷じゃないか?」

そう言いつつ、まったく心配などしていない様子だ。
キッドももちろん承知の上と言った顔だ。

「ええ…でも今回はターゲットが鈴木財閥でしたので」

しっかり警備がされていた事と思いますが?と付け足す。

「……さすが」

目を閉じ満足そうな笑みを浮かべる。
キッドの表情はモノクルではっきりとは読めないが、やはり満足げだ

「まぁいいさ、今回は俺の負けだからな」

そう言うとコナンは、地面に転がしていたスケボーを持ち上げた。

「最初から、私を捕らえる気などお持ちでないでしょうに」

その問にコナンはやはり笑顔で答える。

「最初はあったぜ?……いや、今もだな」


俺を本気にさせるな、と彼は言う。


「そうですね、貴方がその気になれば私を捕らえる事も可能でしょう」
「……随分余裕だな」
「ええ……愛する貴方に監獄に放り込まれるのなら、文句はありませんよ」

戯れ言とも本気とも付かない声音。

「相変わらず気障だな」
「心外ですねぇ、でも真実ですよ」

コナンはそのセリフに目を細める。

「ま、てめぇがあの程度の警備で捕まるようなら、本気で監獄にぶち込んでやるよ」
「おや、それでは永久に監獄行きはあり得ませんよ」

キッドはクスクスと笑う。

「それに私はもう貴方に捕らえられていますから」

コナンはくだらないとばかりに踵を返す。

「じゃあ俺はもう帰るぜ、用はすんだし」
「そうですか、お気を付けて……愛しの名探偵」

コナンは軽く手を振るとスケボーに乗って一気に加速した。
キッドはその後ろ姿に向かって優雅に一礼する。

それは怪盗というよりも、舞台に立つマジシャンのような仕草だった。



「やれやれ……名探偵もわがままで困りますね……」


そういうと、高木の隠れている樹の方に向き直った。


「でも、そんなところが愛らしいのですけれど……そうは思いませんか?」


高木は急に脅かされたように、心臓がばくばくと脈打っている。
完全にこちらのことがバレているようだ。

高木は意を決して木陰から姿を現した。


「おや、貴方はたしか刑事の……」
「高木だ」


声がうわずっている。
第一なんで自己紹介なんていているのだろう。

「高木刑事…ですか、覚えておきましょう」

キッドは警察の人間を目の前にしているのに、まるで慌てる様子がない。
平然と手を顎に当てて何か考えているようだ。


「い、一体、いつから気づいて……」

その唐突な問に、キッドはきょとんとした表情を浮かべる。

「最初から気づいていましたよ」

高木は間の抜けた表情になる。
ではキッドは知っていてわざと会話を続けていたのか。
でも、じゃあコナン君は……。

「もちろん、名探偵も気づいていらっしゃいました」

心を読まれたのかと思うほど、的確にそう付け加えられた。

「ええ!?」

自分でも素っ頓狂な声を挙げていると思う。

「もちろんですよ。この程度の距離で、視線に気づかないわけありませんよ
特に私は職業柄こういうのは得意ですから」
「じゃあ…コナン君は何で……?」

そういわれ、キッドはしばらく考えこんだ。
それとも考えるふりをしたのか、高木にはわからない。

「生憎とお教えできませんね」
「え!?」

キッドはくすりと笑みを漏らす。

「名探偵は私が唯一尊敬する探偵……私自身の事以上に彼についてはお教えできません」

そういうと彼はまた不適な笑みを浮かべた。

「それではそろそろ失礼します。少々おしゃべりが過ぎたようですから」
「ちょっと、まっ……!」

高木が静止を掛ける前に、煙幕が舞っていた。

「また、機会があったらお会いしましょう」

声だけが響いてくる。
高木が目を開いたとき、辺りには誰の姿も見られなかった。








静寂だけがその場に残されていた。









fin



→novel




解説〜興味のある方はドゾ〜

+++++++++

「しかし、白馬がいないんじゃ中森警部には酷じゃないか?」

そう言いつつ、まったく心配などしていない様子だ。
キッドももちろん承知の上と言った顔だ。

「ええ…でも今回はターゲットが鈴木財閥でしたので」

しっかり警備がされていた事と思いますが?と付け足す。

「……さすが」

+++++++++

つまり、暗号はコナンちゃんが解いて、小五郎さんを操って(?)中森警部に伝えたのです。
鈴木財閥→毛利小五郎→コナン の構図を完璧に読んでたのです、キッドは。
で、もし中森警部が暗号が解けなくても、
かわりにコナンが捜査に加わるだろうと踏んでの行動です。

意外と人任せな作戦だったわけです……。

コナンはそれに気づいていながら、キッドの思い通りに動いてました。
動かざるを得なかった、という感じです。
だから『俺の負け』です。

ちなみにこの公園はキッドの逃走経路です。
もちろん、待ち合わせとかではなく、コナンの推理によりここで遭遇したのです。







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