此処より永久に





港から少し離れた岬で、スカーレルは風に当たっていた。
海賊船は近くの小島に着け、ここには別の船で来たのだ。
暫くここに留まっていた彼を迎えに来た。

ふと、人の気配を感じ振り返る。

そこには思い描いた通りの笑顔があった。
もっとも、服装が普段と違うせいか、少しだけ別人に見えたのだが。


「おかえりなさい、センセ。入学式……どうだった?」

彼は嬉しそうに顔を綻ばせながら、足早に近付いてくる。
他に人影も見あたらず、足音が聞こえてくる程静かだった。

「ああ、うん。それがウィルが新入生の総代になってて……正直かなり驚いたよ」

教え子の晴れ姿を見てきた先生からは、苦笑しつつも喜びが滲み出ていた。

ウィルを送り届け、そのまま入学式まで留まっていた彼。
その入学式に参列することになり、普段と違い正装だ。
紅いざんばらな髪は整えられ、いつもより年上に見えた。

いつもと違う張りのある服装も、彼によく似合っている。

「そう……あのコも大きくなったのねぇ」

あのコは初めて会った頃とは、比べものにならない程成長した。
それでも、まだまだ子供だが。
本当に見違えた。

まるで我が子のように嬉しそうに語る彼は、まるで保護者の雰囲気だ。

「……そうだね」

そういいつつ、スカーレルの傍にたつ。
凪いだ海は宝石のように青く煌めいていた。

お互いに海を見つめたまま、一時の沈黙が流れる。

波が寄せては返す音だけが響き、風が穏やかに通り過ぎて行った。


そろそろ船に戻ろうかと思案し始めた所で、すぐ傍から長い溜息が聞こえた。
溜息、というよりは深呼吸のような、深く息を吐き出す音だ。

不審に思って顔を上げると、こちらを向いた紅い瞳とかち合った。

その瞳があまりに真剣で、声を掛ける事が憚られる。
何を言って良いのかわからず、また何を言われるのか聞きたくて、口をつぐんだ。

「スカーレル」

再び深く息をついて、レックスはゆっくりと口を開いた。

「なぁに?」

出来るだけ自然に笑みを浮かべようとしたが、敢え無く失敗する。
真剣すぎるレックスは、何処か怖かった。
何処か普段と違い、言葉を濁す彼は。

だから、ひたすらに、彼の言葉を待つ。

口を開いては閉じ、彷徨うように指を動かしていた。
しかし、視線だけは逸らさずじっと此方を見つめたままだ。

「……センセ?」

その様子に耐えきれず、思わず声を掛ける。

何か、重要な事を言いたいのだと言う事は伝わってきた。

もしもだ。
もし、それが別れの言葉だったら。
二度と逢いたくないと。
もう、別れよう、と。

さっと血の気が引き、ほんの少しだけ後ずさりする。
今、それ程に恐ろしい事は無かった。

もともと一人で生きてきた。
だから、今から一人に戻っても生きていける。
彼が、例え傍にいなくとも。

無理だ。
そんな事は、自分が一番よく解っている。
一人ではない暖かさに慣れたこの心では、もうあの孤独に耐えきれない。

あまりに真っ直ぐな眼差しを見ているのが辛くて、思わず顔を背ける。

真摯な瞳は、今は見たくなかった。

「……スカーレル」

意を決したのか、レックスはゆっくりと口を開く。
スカーレルの方に手を置き、軽く自分の方へ引き寄せた。

スカーレルも驚いて顔を上げる。
自然と、目が遭う。

「……ずっと、君に言いたかった事があるんだ」

背筋に冷たいモノが奔る。
淡々とした真剣な口調が、やはり恐ろしかった。
出来る事なら、聞かずにこの場を離れてしまいたい。

「何?」

だが、出来ない。
彼の心なのだから、聞かなければ。
ここで彼を裏切るような真似はしたくない。
例え、それが別れとなっても。

「レックス?」
「……俺と、結婚してくれないか?」

一体、何を言われたのかわからず、返答に窮す。
口をぱくぱくさせているだけで、声にならない。
冗談だろう、と一笑に伏したい。

「あ、いや、結婚っていっても正式なものじゃなくて……その、一生一緒にいる誓いっていうか」

真っ赤になって弁解を始める彼は、幼く見えて可愛い。

「ふふ……そう、結婚……あははっ」
「ちょっ……スカーレル! 何も笑う事ないだろっ」
「ご、ごめんなさい……ふふ」

スカーレルは口元に手を当て、必至に笑いを押さえる。
一瞬前まで、悩んでいた自分がバカだった。
彼の事を、疑っていたわけではないのに。

心の何処かで、彼と自分では釣り合わないと思っていた。
汚れた自分に、彼はもったいないのだ、と。


「スカーレルを、幸せにしてみせる。何もない俺だけど、傍にいて欲しいんだ」

身勝手なのはわかっている、と彼は少しだけ自嘲気味に笑った。
強く首を振り、レックスの胸に飛び込む。

「嬉しいわよ、レックス。でも……」

見上げた紺碧の瞳があからさまに陰る。
断らるのか、と顔に書いてあるようだ。

「……後悔しても、しらないわよ?」

わざと、低い声で瞳を細めて問う。
しかし、これは冗談ではなく本心だ。

「しないよ、絶対に」

何も、根拠はないくせに。
でも、そう言い切ってくれる彼の優しいところが好きだった。
何もかも、信じられるから。

「その、これ……受け取って貰えるかな」

恥ずかしがりつつ差し出されてのは、濃紺の小箱だった。

「なぁに? これ」

指先で縁に触れると、上等な布の心地よい感触が伝わる。
両手で受け取って箱を開けると、中には銀に光る指輪が収まっていた。

「異世界の風習なんだけど……生涯を誓った者通しで、指輪を交換するんだって」

照れくさそうに語る彼を、驚いて見上げる。
この指輪が、それなりに高価な物であることは容易に知れた。

口元に微笑みを乗せて、その指輪を見つめる。
偽りの笑みではなく、彼の傍では本心からの微笑みしか浮かべる事が出来なかった。

「ありがとう……レックス」

幸福を噛み締めるように、小箱を両手で包み込む。
しかし、すぐに取り上げられ、レックスは指輪を取り出した。

「左手、出して?」
「え?」

言われるままに手を挙げると、彼は薬指に指輪を通してくれた。
大きさもぴったりで、細く白い指によく似合っている。

どういう意味があるのかわからなかったが、優しい笑みを見るとこれが例の習わしなのだろう。

それが何となく気恥ずかしくて、頬が紅く染まる。
それを見られるのはもっと恥ずかしくて、彼の胸に顔を埋めた。

「ずっと、一緒にいよう」
「ええ。……一生、ね」

レックスの力強い腕に抱きしめられて、幸福と安堵で涙が滲む。
ここが還るべき場所なのだ、と。

ここが、二人の新たな歴史の始まりとなった。












fin




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